「なし崩し」という言葉の本来の意味をご存知ですか?比較的よく使われる言葉だと思うので、知っているという人が多いのではないでしょうか。
「借金をなし崩しにする」と聞いて、どのような意味を思い浮かべますか?「借金をなかったことにする」という意味だと思っていませんか?
ところがそれは間違いです。私も「なし崩し」とは、なかったことにする、あるいはうやむやにするという意味だと思っていたので、ちょっと驚きでした。
実はこの「なし崩し」という言葉、とても誤用の多い言葉だそうです。それならば本来はどのような意味なのか気になりますよね。
そこでこの記事では「なし崩し」の本来の意味と使い方、そして誤用について解説していきます。
「なし崩し」本来の意味
「借りた金を少しずつ返していくこと」「物事を少しずつ片付けていくこと」これが「なし崩し」の本来の意味です。
「なし崩し」の意味が、「なかったことにする・うやむやにする」だと思っていた人にとっては、本来の意味がまるで違うことに衝撃を受けたのではないでしょうか。
「なし崩し」とは、物事をなかったことにするのではなく、少しずつ解決に向かわせることなのですね。
「なし崩し」の語源
「なし崩し」とはもともと「借金を少しずつ返していくこと」という意味の借金返済のための言葉でした。
「なし崩し」の「なし」は「済し」と書きます。「済し」には「借りたものを返す」という意味があります。返すことの意の「返済」にも「済」の字が使われていますね。
「崩す」とは「まとまった形の物を壊す」ことです。借金というまとまった形のお金を小さく壊して少しずつ返していく、そのようなイメージでしょうか。
「借金を少しずつ返すこと」これが「済し崩し」の語源であり、そしてここから転じて「物事を少しずつ片付けていくこと」という意味でも使われるようになっていったようです。
「なし崩し」の誤用について
「なし崩し」は誤用の多い言葉であるといいましたが、実際にどのくらいの間違いが発生しているのでしょうか。
「なし崩し」という言葉について、文化庁が発表した平成29年度の「国語に関する世論調査」というものがあります。
この調査によると、「借金をなし崩しにする」を、本来の意味である「少しずつ返していくこと」で使う人が19.5%、本来の意味ではない「なかったことにする」で使う人が65.6%という結果が出ています。
この調査結果が示すように「なし崩し」を本来の意味ではない「なかったことにする」で使っている人の方が圧倒的に多いということがわかります。
これでは本来の意味が「少しずつ返していくこと」であると知らなかったとしても、無理もないのかもしれませんね。
「なし崩し」の誤用が多い理由とは?「なし」は「無し」ではない!
ではなぜ「なし崩し」の誤用がここまで多くなってしまったのでしょうか。その理由を考えてみました。
「なし」は「済し」と書くことを、語源のところで既にお話しましたね。しかしこの「なし」を「無し」だと思っている人は多いのではないでしょうか。そうだとすると、「なし崩し」の「無し」を「何もないこと」と捉えたと考えられます。
また「崩す」という言葉の意味「壊す」からくるイメージも、「壊して形を無くしてしまう」といったどちらかというとネガティブな感じを受けます。
これらのことを踏まえると、「無し」と「崩す」この二つの言葉を組み合わせた「なし崩し」の意味が「なかったことにする」であると間違った解釈に至ったことも、不思議ではないと思われます。
「なし崩し」本来の意味での使い方
ここでは「なし崩し」の使い方を、正しい使用法とその注意点について説明したいと思います。
「なし崩し」の本来の意味「借りた金を少しずつ返していくこと」「物事を少しずつ片付けていくこと」での使い方を例文でみていきましょう。
・何年もかけてなし崩しにしていた親からの借金をやっと完済することができた
(何年もかけて少しずつ返していた親からの借金をやっと完済することができた)
・毎月の給料からのなし崩しを約束して知人からお金を借りた
(毎月の給料から少しずつ返すことを約束して知人からお金を借りた)
・この計画はなし崩しに進んでいった
(この計画は物事を少しずつ片付けて進んでいった)
・この資料をみんなでなし崩しに終わらせてほしい
(この資料をみんなで少しずつ片付けて終わらせてほしい)
このように物事を少しずつ片付けていくというポジティブな意味で使うのが本来は正しいとされています。
「なし崩し」の使い方には注意が必要
ここまで「なし崩し」は「なかったことにする」の意味は間違いであると解説してきました。
ところが最近では、正しい意味の「物事を少しずつ片付けていくこと」から転じて「物事を少しずつ変化させ、うやむやにしてしまうこと」「正式な手続きを経ず、既成事実を積み上げること」などの意味を載せている辞書が出てきました。
こうなると誤用とされる「なかったことにする」という意味が、今では完全に間違いとは言い切れないことになります。
しかしながら、本来の意味「借りた金を少しずつ返していくこと」「物事を少しずつ片付けていくこと」しか載せていない辞書もあるので、「なかったことにする」を良しとするか否かは難しいところなのかもしれません。
そして、誤用とされる「なかったことにする」で使う人の割合のほうが圧倒的に多いことから、正しい使い方をしていても、その通りに理解されないことが少なくないと考えておくことが必要といえるでしょう。
例えば「借金をなし崩しにしていいですか?」は正しくは(借金を少しずつ返していいですか?)という意味ですが、誤用とされる意味で捉えれば(借金をなかったことにしていいですか?)となってしまいます。
「なし崩しに進めておいて」であれば、(少しずつ片付けて進めておいて)が正しいのですが、(うやむやに片付けて進めておいて)という意味ともとれるのです。
「なし崩し」という言葉を使う際は、双方にこのような誤解が生じる可能性も考えなければなりません。ですから意味がきちんと伝わるように、「少しずつ片付けて」と言うほうが誤解を招かずにすむのかもしれません。
また、人から言われた場合には、どのような意味で使っているのかを確認することを心がけたほうがよさそうです。
まとめ
「なし崩し」という言葉は使用するにあたって、とても難しい言葉であるといえるでしょう。正しい意味を知っていたとしても、それが伝わらなければ無意味です。
言葉によっては様々な誤解が生じることを頭に入れておき、その都度、使い分けられるといいですね。